今回は2006年3月の中旬ごろから
4、5月ごろにかけて私が陥った状況と
そのときに救いの手を差し伸べてくれた
”ある女性”のお話です。
前回のお話はこちら↓
このシリーズ全話のリストはこちら↓
このころの私はひどいひどい自己嫌悪に
まみれておりました。
こんな自分はダメ
こんな私なんてイケてない
って自分のいろんなところを嫌い
イジけまくってました。
当時の私は第27話でお話ししたような
「感情の便秘状態」が続いていました。
徐々に良くはなってきていたんですけどね。
たぶん普通に日常生活を送ってるだけなら
そこに問題を感じることは
なかったでしょう。
でも、ヒーリングワークなどに
月1ペースで通ってると、ワークのたんびに
周りのみんなと自分を比べては
感情がなかなか出てこない自分を
責めちゃうわけです。
「みんな、あんなに
いろんな感情が出てくるのに私は
なんも出てけえへんっっ!」
「きっと私はみんなより
出来へん子なんやっっ!」
って。
こんなふうにも責めてましたね
「きっと私はみんなより
理性が強すぎるんやっっ!
なんちゅう頭でっかちな
堅苦しいヤツっっ!」
たぶん一般社会では
理性が弱くて感情的な人間よりも
理性の強い人間のほうが
「社会人としてまっとう」
って見られるんじゃないでしょうか?
(もちろんこれも
どちらが優れている
というものではないのですが。)
でもこういう心を扱う世界に入ると
価値観は逆転するんですね。
感情というものを大切に扱う世界ですから。
(もちろん、だからと言って
理性がダメということでもないんですが。)
で、私は
思考や理性ばかり働きすぎる自分を
すんごいダメ人間!
と責めるようになりました。
いま思えば
感情が全く出ていないわけでもなかったし
思考や理性が働きすぎるのも
そこには恐れや罪悪感があるからで
これらも立派な感情なんですよね☆
そしてもしあのとき、そのことに気づいて
「ああ、私、なにか怖がってるんやな」
「私、自分を責めてしまってるんやな」
って受け止めることができたなら
その恐れや罪悪感の下には
過去のいろんな痛みが隠れているわけで
やがてそれらが
ワンサカ出てきたことでしょう。
当時の私は
そこに気づいていませんでした。
なので
「なんで、なんにも感じへんねん~!?」
と自分を責め
もどかしさに、ムキ~~~っっ!となったり
強い劣等感を感じて
イジけたりしていました。


それからもう一つ
大人の女性になれていない自分のことも
ものすごく嫌っていましたね。
「大人の女性になれていない」
というのはたぶん誤解で
周りから見たらどこからどう見ても
大人の女性だったと思います。
なにせ35歳とか36歳ですからw
35年、36年
人生経験を積んできてるんですから
べつに特に大人ぶらなくても
大人としてのふるまいはしていたはずです。
身体だってパーフェクトではありませんが
出るところはちゃんと出てましたし
ちゃんと大人の女性の身体です。
”オッサンの着ぐるみ”は着ていましたが
それを脱ぎさえすれば
特に何かを足さなくても、まんまで
大人の女性だったはずなんです。
でも私、自分では
「大人の女性になれてない」
って思ってました。
というか、もっと掘り下げていくと
「私が大人の女性になるやなんて
絶対ムリっっ!」
とも思っていたし、また心のどこかでは
「大人の女性になんかなりたくないっ!」
とも思っていたような気がします。
(どないやねん)
”癒やしの旅”の先輩たちを見ると
自分の中の女性性をみごとに開花させ
まさに”大人の女性”な人なども
たくさんいるわけですよ。
そして私とスクールで同期の女性たちも
私の目には着実に
自分の中の女性性を開花させつつあるかに
見えました。
周りはどんどん
大人になっていくのに
私だけお子ちゃまっっ!
どんどん私だけ取り残されていくっっ!
と私はものすごく焦ってました。
そして、いつまでも未熟なまんまの自分に
ムキ~~~っっ!となってたんです。
さらにさらに
相方とは依然としてセックスレスのまんま
そんな自分のことも責めまくってましたね。


当時の私は本当に
「今の自分が
嫌いで嫌いでたまらないっっ!」
っていう感じでした^^;
7ヶ月後に結婚式を控えている
花嫁さんとは思えない
やさぐれようでしたねw
まあ、いま思えば、別に
ここへきて急に自己嫌悪まみれになった
というわけではなく、もともと
自己嫌悪まみれだったのが
2月のヒーリングワークのセッションで
無意識を刺激されたおかげで
心の深~いところに潜んでいた
この自己嫌悪が意識の表面に顕れてきた
というだけのことなのでしょう。
「あのときのセッションと同じやり方で
私を癒やしてくだされ~~~」
と、自己嫌悪さんが姿を現した
ということなのでしょう。
そう考えれば
「あ~、やっと出てきたなあ~☆」
と受け止めることもできたのでしょうが
なにせまだカウンセラー養成コースの
中級にやっと上がったばかりで
そんな考えも余裕もありません。
さらに私は、”癒やしの旅”の先輩からの
或る言葉を気にしすぎて
自己嫌悪まみれの自分をさらに嫌悪し
抑圧するという悪循環に
ハマってしまいました。
その或る言葉とは・・・
「自分が周りに
どんなエネルギーをふりまいているのか
もっと意識しなさい」
心理学にまだ馴染みのない方たちは
「はへっ?」
って思われるかもしれませんが・・・
たとえばですね、同じお家の中で誰か一人
原因は分からないんだけど
なんだかプンプン怒っている人が
いるとしますでしょ。
そばにいる貴女は
どんな気分になりますか?
「あ~、なんか怒ってるのね~~~」
ってスル―しづらくないですか?
怒ってる理由が貴女と関係あるのかないのか
分からなくてもやっぱり気になるし
居心地悪いし、そのうちイライラしてきて
「何を怒ってるねんっっ!?」
って貴女のほうが怒ってしまいませんか?
そうなんです
怒りのエネルギーをふりまく人が
近くにいると、そばにいる人たちも
気分が悪くなっちゃうんですね。
それから、罪悪感の強い人って
四六時中なにかにつけて
「ごめんっ!ごめんっ!ホンマごめんっ!」
なエネルギーを出していて
そうなると周りはかえって
「そんなに平身低頭にならなくても・・・」
って恐縮してしまったり
申し訳なくなったりしますし
「どうか、こんな悪い私を
責めないで~~~!」
なエネルギーを出してたりすると周りは
「いや別にアンタを責めたりなんか
してませんやん!?」
と、なんだか加害者扱いされてる感じがして
罪悪感を感じたりしますし、やっぱり
気分良くないんですよね。
また、私みたいに
自己嫌悪まみれな人になると
「どうせアナタも私のことなんて
嫌いなんでしょ」
っていうイジけたエネルギーを
出してたりしますが、そうなると周りは
「いやいや、アンタのことを嫌ったりなんか
してませんやん!?」
ってこれまたやっぱり
加害者扱いされてる感じがして
罪悪感を感じたりすることがあるんですね。
こんなふうに
自分の中で感じている感情によって
私たちはいろんなエネルギーを
周りにふりまいています。
この感情を素直に感じているときは
まだマシなんです。
でも、すでに心の中に出てきている感情を
「感じないようにしよう」
なんて抑圧すればするほど周囲に
イヤ~~~なエネルギーを
出してしまうようです。
ですから私も
自己嫌悪という感情が出てきたときに
「あ~、いま私、自分を責めてるんだな~」
ってそのまんま受け容れて
感じてあげていれば
まだマシなエネルギーが
出てたと思うんですが、むしろ
「この自己嫌悪という感情を
感じないようにしなければ!」
って抑圧してしまってました。
感じないようにしなければって言っても
その時点で既に
その感情は出てきているわけで
それを
「感じないようにしなければ!」
というのは
もはや肛門から出かかっているウ○チを
もう一回ひっこめようと
するようなもんですやん。
(スンマセン!スンマセン!
ホンッマ、スンマセン!)
それがいかに自然の流れに逆らうもので
不健康なものか
この喩えでご理解いただけるかと・・・。
そんなことを
私はやってしまってたんですね。
そしてますます
イヤ~~~なエネルギーを
ふりまくことになってしまった。
まあ、無理もないんですよ。
なにせ、まだいろんなことを
解っていませんでしたから。
そして、ですね
「自分が周りに
どんなエネルギーをふりまいているのか
もっと意識しなさい」
というのはつまり
「アンタ、今めっちゃ嫌なエネルギー
ふりまいてるで」
って言われてるようなもんじゃないですか。
これ、つまり
「アンタ、今めっちゃクサいで」
って言われてるようなもんです。
人がたくさん乗る電車のなかで
コレ言われたら、どうですか?
体臭って自分では
なかなか分かりませんやん?
でも、どうやら周りは
クサいと感じてるらしい・・・
はあ~~~、ごめんなさい~~~!
こんな私が電車に乗ってて
ごめんなさい~~~(/TДT)/
止めて~~~!電車止めて~~~!
今すぐに~~~!
私、降りますから~~~(/TДT)/
な気分になりますよね。
それがまだ
たまたまこの日汗をかいたから
とかだったらいいですよ。
シャワーで流せば
翌日はスッキリですから☆
でも、これがもっと
身体の深い部分からくる
貴女の根源的な(どんな?)
体臭だったら?
まあ、加齢臭とかでもいいですやん
あれもコントロールできませんもんね。
そういう体臭って自分では
どうしようもないんですよ。
コントロールできないんですよ。
でも周りは
クサいと感じてるらしい・・・
もうねえ、人が多いところに行ったりしたら
気になって気になって
しかたなくなりませんか?
「ねえ、いま私、クサい?クサい?」
って訊いてまわりたくなるくらい
頭の中は体臭のことで
いっぱいになりませんか?
そして自然とそこから自分だけ
離れたくなりませんか?
当時の私もヒーリングワークとかに行くと
自分のエネルギーのことばっかり気になって
「きっと今また私
嫌なエネルギーをふりまいてるんやわ」
ってそんなことばっかり気にして
卑屈になって、そしてそのうち
みんなと一緒にいるのが苦痛になりました。
「嫌なエネルギーふりまいて
ごめん(泣)」
ってみんなから離れたくなったのです。


先ほどご説明したように
心で何を感じているかによって
発するエネルギーは変わります。
だから私は、自分が発するエネルギーを
良いものにしたくて
自分の感情を変えようとしたんですね
「良いものしか感じないようにしよう」
って。
でもこれって無理だと思いませんか?
道ばたでいきなり誰かに殴られて
「嬉しいわ~~~♪」
なんて、喜びの感情を感じれます?
(ドMなご趣味をお持ちの方は除くっっw)
普通「怖いっ!」っていう恐怖心や
「ナニすんじゃごらあっっ!」
っていう怒りの感情が
オートマチックに出てきますよね。
ポジティブな感情しか
感じないようにしようと頑張っても
ネガティブな感情なんて
出てくるときは出てくるんです。
なのに私は
「良いものしか感じないようにしよう」
というナンセンスな努力を
するようになりました。
そうはいっても
怒りや恐れ、嫉妬、自己嫌悪などといった
ネガティブな感情は出てきます。
でも自分がそんなものを
感じてるなんて言ったら、きっとまた
先輩たちから
「自分が周りにどんなエネルギーを・・・」
なんて言われる
と思った私はそれらの感情を抑圧し
周りにも隠すようになってしまいました。
実際にはそんな先輩たちばっかりでは
なかったはずなんです。
「出てくるものは出てくるもんねえ」
って優しく受け止めてくれる人だって
たくさんいたはずなんです。
でも当時の私は
前にも申し上げたように、基本
「周りはみんな自分を攻撃する存在」
って思い込んでました。
そしてそういう思い込みがあると
自分を守ってくれる大勢の人たちではなく
自分を攻撃する少数の人たちのほうに
意識が向いてしまうんですね。
で、自分の中に
ネガティブな感情が出てきても
誰にも打ち明けられなくなりました。
周りにどんなにたくさん人がいても
自分の本音をさらけだせる人が
一人もいないなんて
孤独じゃないですか?
めっちゃ寂しくないですか?
むしろ最初っから周りに誰もいないほうが
諦めがつきます。
孤独感もそのほうが幾分マシでしょう。
体臭だって気にせんでええしw
いつしか私は
自分を癒やすために
そして人とのつながりを得るために
参加してるはずのヒーリングワークで
孤独や自己嫌悪や罪悪感しか
感じられなくなっていました。
で、思いました
こんなん意味ないやん?
って。
なので
やめようかな
って思うようになりました
”癒やしの旅”を。


ところがそのころに
私に優しい言葉をかけてくれた
女性がいたのです。
その女性は
私よりも年下ではありましたが
カウンセラー養成コースの
上級を受講している先輩でした。
彼女は背が高くて
ふさふさと長い髪が美しくて
まるで西洋画に出てくる
若い貴婦人のようでした。
誰にも媚びず、堂々としていて
自分というものを
しっかりと持っていました。
映画「プリティウーマン」の
ジュリアロバーツのように
セクシーさと無邪気な可愛らしさが
同居している女性でもありました。
そういったところも
もちろんステキだったんですけどね
私がもっとも激しく魅了されたのは
ヒーリングワークの会場での
彼女の驚くべき言動でした。
「ウソくさ~~~い(⌒▽⌒)」
「キモ~~~い(⌒▽⌒)」
「ウザ~~~い(⌒▽⌒)」
よくヒーリングワークの休憩時間に
彼女は斜め上を見上げるようにして
大きな口を開け、無邪気に笑いながら
こんな言葉を大声で叫んでいたんです。
言葉だけみれば、あまり綺麗ではない
ネガティブな言葉ですよね?
最近は「言霊」なんていうことが
注目されていて
「ポジティブな言葉を極力使いましょう」
なんて言われてるじゃないですか。
でも彼女
そんなことはお構いなし
「毒吐いてますけどそれが何か?」
って感じでしたw
ものすごく堂々と、悪びれず、無邪気に
満面の笑みで毒を吐くその姿は
ありえないくらいに美しかったのです♡
私が今まで見たなかで、あれほどまでに
美しく毒を吐ける人はいません。
そして彼女の吐く毒は
聞いてるこっちも
「じつは私もそう思ってたねん!」
なことが多かったので
気分が悪くなるどころかむしろ
「代わりに吐いてくれてありがとう~!」
って清々しい気分にさえなりました☆
なんて爽やかな毒っっ♡
なんて癒やし系な毒っっ♡
彼女には小悪魔的な魅力がありましたが
当時の私には小悪魔というよりも
女神に見えました。
毒吐き女神ですっ♡
そんな彼女を見て私は
「あ、ネガティブな感情も
吐き出してもいいんだ☆」
「毒を吐いても
周りが癒やされることがあるんだ☆」
と、ものすんごいカルチャーショックを受け
そして強く憧れるようになりました。
その憧れの毒吐き女神さま、ある頃から
私を気にかけてくれるようになり
こう言ってくれたんですね
「毒吐いてもええねんで~☆」
「なんでも出したらええねん~☆」
って。
毒吐き女神さまからそんなふうに言われて
私も
「そ、そうなん!?
えっと~、ではお言葉に甘えて・・・」
と恐る恐る、少しずつ出すようになり
それにつれて少しずつ
気持ちがラクになっていきました。
体臭?(あ、もとい自分のエネルギー)
もうそんなもん
どうでもよくなりましたねw
だって体臭なんて、出てるのは
私だけじゃないでしょ?
ほんで誰の体臭だって
多少はクサいはずなんですよ。
バラの香りしかしない人って
いませんやん?
誰だって生きてりゃ汗やら垢やら
老廃物も毒素も出るし
それが体臭になるんでしょ?
クサくないはずないですやん。
だったらクサいのは
お互い様なんですよ。
だから私だけそこで
自己嫌悪や罪悪感を
感じたりする必要ないんですよ。
そんなことを気にして
出てきた老廃物やら毒素を隠したり
溜めこんだりするよりも
とっとと出して流してしまうほうが
クサさが熟成されなくていいですやんね☆
ってことで、毒吐き女神を見習って
どんどん出そうって思いました。
毒吐き女神との出逢いと
時期を同じくして
私の毒や愚痴を受け止めてくれる仲間も
一気に増えました。
彼らの助けのおかげで私は
あやうく挫折しかけた”癒やしの旅”を
続けることができたのです。
というわけで続きます☆↓
コメントを残す