2006年2月のヒーリングワークで
「理想のお兄ちゃん(役の人)」
に近づいてハグをした私はいよいよ
「現実の兄貴(役の人)」
のところへ向かうことになりました。
前回のお話はこちら↓
このシリーズ全話のリストはこちら↓
こういったセッションというのは
フォーカスパーソンのほうも
相手に近づくごとに
いろんな感情が出てきたりしますが
相手の役をしている人も
いろんな感情が出てきます。
現実の兄貴役というのは、いわば
親からも妹からも
「お前はダメだ、ダメだ」
と責められ、否定され、嫌われ
遠ざけられてきた、そんな立場。
その立場というか、立ち位置に立って
私が近づいてくるのを待っているだけで
現実の兄貴(役の人)は
いろんな感情が出てきたのか
苦悩で顔をゆがめはじめたのです。
「どうせ誰もオレのことなんか
愛してくれないんだ」
孤独、寂しさ、怒り
「オレがいたら
みんなイライラする、失望する」
まるで自分を
疫病神のように思う気持ち
そんな感じのものが
彼の表情からは見て取れました。
私が1歩また1歩と近づくにつれ
「そばにきても
またオレのことを責めるんやろ?
嫌うんやろ?」
という強い怯えの色も
彼の顔に出てきました。
そして彼は後ずさりしながら叫びました
「来るな~~~~~~!」
そう叫んでいるのは兄貴本人ではなく
兄貴役をしてくれている他人です。
そしてその人は
私の兄貴とは一面識もなく
イタコでもありませんw
でも彼の姿や言動は
私から見ればまさしく
現実の兄貴そのものでした。
いま実際にここに
本物の兄貴がいたとしても
彼と同じ反応をしただろうなと
私は思いました。
本物の兄貴もまたやさぐれて
ボロボロで、孤独で、そして
近づく私を激しく拒絶したことでしょう。
それほどまでに兄貴を傷つけ
追いつめたのは・・・
そう、私なのです。
なぜ、実の兄をそこまで傷つけたのか?
決まってますやん
それぐらい大っきらいだったからですよ
そばにいるだけで虫唾が走るくらい
同じ空間にいるときには
彼の吐いた息を吸いたくなくて
呼吸を止めてしまうくらい
それぐらい
大、大、大、大!っきらいだったんですよ。
いったいなにが嫌いだったのかって?
それはもういっぱいありますよ。
いっつもしかめっ面をして
うっとうしかったこと!
暴力をふるうこともあって怖かったこと!
(10歳も離れてますから
彼は冗談のつもりでも
幼い私にはすんごい脅威でした。)
臭かったこと!
特に中学から高校ぐらいのときは
イカくさかった!
その後もしばらくイカくさかった!
タバコを吸うようになってからは
自室にひきこもって何本も吸うもんだから
身体にタバコの臭いが染みついて
これもめっちゃ臭かった!
トイレではいっつも飛び散らせるし
(何を?なんて訊かないでください! )
「水道代節約」とか言って
流してなかったりするし
うちでトイレ掃除の係は私やねんから
勘弁してくれよっ!
部屋もめったに掃除せえへんから
ホコリが積もってるし散らかってるし
ネズミや虫が
わいてるんちゃうかっていうくらい汚い!
大学浪人をきっかけに
自室にひきこもることが増え
昼夜逆転の生活を送っていたので
いつもパジャマ姿で
頭は寝ぐせでボサボサでだらしなかった!
もうねえ、ホンッマに嫌やったんですよ!
・・・でもね
いま思えばこれ
ホンマに兄貴を嫌ってた理由なのかなあ?
って思うんです。
だって私は大学入学を機に実家を出て
一人暮らしを始めましたから
その後は兄貴のしかめっ面を
見ることもなくなりましたし
臭さも、汚さも、だらしなさも
私に実害を及ぼすことはなくなりました。
暴力も私が大きくなってからは
一切なくなりましたし。
(兄貴は幼い私と
プロレスごっこをしようとしていただけで
暴力をふるおうという意図は
なかったようです。)
にもかかわらず、なおも私は
兄貴を激しく嫌っていました。
だったら本当の理由はナニ???
いやいや、ありますよ!あります!
ホンマの理由っ!
まず、すぐにイキるところ!
(標準語では「意気がる」ですかね?)
ホンマは気が小さいくせに、強がったり
自分を大きく見せようとするんですよ。
そこがなんともみっともなかった!
それから
なんでも知ったかぶりするところ!
大して知らんことでも
エラそうに語ったり
批判したりするんですよ。
それからなによりも
ここが嫌やったっ!
なんでもかんでも
親父の猿マネをするところっっ!
親父の言うことやること
なんでも真似るんですよ!
本質は理解できてないくせに
表面的なところだけ真似る!
そう、猿マネなんです!
趣味嗜好や価値観まで
親父を真似てました。
親父が好きだと言ったモノは
好きだと言って褒めちぎり
親父が嫌いだと言ったモノは
親父と一緒になって
けちょんけちょんにけなす。
前にもお話ししましたが、兄貴
親父のパンチパーマまで真似てました。
親父とちがって童顔なくせにっ!
似合うかぁっっ!?
さらに掘り下げていきましょう。
兄貴がイキる、知ったかぶる、猿マネをする
そして私は兄貴のそこが嫌いだった
それはお解りいただけたかと思いますが
では、なぜ私は
そこが嫌いだったのでしょうか?
好き嫌いなんて人それぞれ
本能的なものだから
ナゼもクソもないだろうと
思われるかもしれません。
でも、なにせ私、心を扱う仕事をしてますし
しかもドMですから、敢えて自分で
自分の心をえぐらせていただきますw
さあ、なぜそこが嫌いなんだ?
答えろっ!>私
それはもちろん!
親父が、そういう人間を
嫌っていたからですよ。
気が小さいくせに虚勢を張ったり
自分を大きく見せようとしたり
よく知りもしないのに
エラそうに知ったかぶりをしたり
人の猿マネばかりする
そんなヤツは最低だと
親父が嫌っていたからですよ!
親父が、兄貴のそんなところを嫌い
兄貴をけちょんけちょんに
けなしていたからですよ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
勘のいいみなさんは
お気づきですね☆
そして今、端末の画面に向かって
ツッコミを入れられたかもしれませんね
「お前のそれだって
猿マネやないかっっ!?」
ってw
そうなんです
私もまた親父の猿マネをしてたんですね。
何度もお話ししてきたように
私は小さいころから
この家で、そして世の中で
生きのびていくには
親父に気に入られないといけない
と思い込んでいました。
そして
親父のモノサシに合う人間になろうと
必死でした。
親父が良しとか好きとか言えば
それを自分に取り入れ、実践し
親父がけしからんとか嫌いとか言えば
それは絶対にしないようにしてきたんです。
だから兄貴の
イキったり、知ったかぶりをしたり
猿マネをするところを
親父が激しく嫌い
けちょんけちょんにけなすのを聞いて私は
「自分は絶対に、イキることも
知ったかぶりも、猿マネもしないぞ」
と思いました。
「あんなふうになった自分を
親父に見せたらきっと嫌われる」
と思い、イキること、知ったかぶること
猿マネすることを、激しく嫌い、抑圧し
封印したわけです。
これを図式化すると
親父が、「兄貴の中で」嫌いな部分
=私が、「兄貴の中で」嫌いな部分
=私が、「自分の中で」激しく嫌い、抑圧している部分
となります。
人は誰でもいろんな自分を持っています。
だから私の中にも兄貴と同じ部分は
たくさんあるんです。
でも、親父が兄貴のいろんな部分を
けなすのを見るたびに、私も
兄貴のその部分を嫌いましたし
自分の中にある同じ部分も、激しく嫌い
抑圧していったんですね。
つまり兄貴という存在は
私が嫌悪する自分の部分を具現化したもの
私の自己嫌悪のシンボルだったのです。
親父に気に入られようと必死だった私は
親父が兄貴をけなすのを見て
「私は兄貴のようにはならないぞ」
「私はああはならないぞ」
と頑張ってきたわけですが
皮肉なことにその結果、兄貴と同じように
親父の猿マネをしてしまっていました。
「ああはなりたくない」
と強く思えば思うほど
「ああなってしまう」
という、世にも恐ろしい法則が
心理学の世界にはあるのですが
私はその法則に
みごとにハマっていたのです^^;
兄貴と同じなのは
猿マネだけではありませんでした。
前回お話ししたように私は
「周りはみな、私を攻撃する存在」
と思い、周りから責められないようにと
自分の弱さを隠してきました。
でも、それってつまり
強がる、意気がる、イキる
ってことじゃないですか。
そしておそらく、弱さを隠したいがために
できないことを素直に「できない」とか
知らないことを素直に「知らない」と
言えていなかったと思います。
ということは
知ったかぶりもしてたってことですよね。
で、私の場合、自分の弱さを隠し
周りからの攻撃を受けないために
”屈強なオッサンの着ぐるみ”を
着るようになったわけですが・・・
兄貴は顔立ちはスッとしていて
目も私と同じでパッチリしています。
ごっついオトコの顔というよりも
童顔で女の子のような顔立ちです。
性格ももともとは
気が小さくて繊細で
優しいんだと思います。
そんな兄貴が
似合いもしないパンチパーマをかけたのは
親父の猿マネのためだけではなく
自分の気の小ささ、繊細さを
隠すためでもあったんじゃないかなと
今となっては思うのです。
だって、ちょっとでも弱さや甘えを見せれば
両親から攻撃される、そんな状況は
兄貴だって同じだったはずですから。
(いいえ、兄貴のほうが長男ということで
私よりもきつかったかもしれません。)
私にとっての”オッサンの着ぐるみ”と
兄貴にとってのパンチパーマは
おんなじだったのです。
先ほど兄貴に
「童顔なくせにっ!似合うかぁっっ!」
とツッコミましたが
私だって女性なのに
”オッサンの着ぐるみ”なんて
兄貴のパンチパーマ以上に
似合いませんよねえwww
こんなふうに私は
「兄貴のようにはなりたくない」
と頑張ってきたのにその結果
兄貴と同じになっていたわけです。
当然セッションをしてくれたトレーナーも
そこはちゃ~んと
気づいていたはずなんですが
私が兄貴のことを
ああだこうだと話しているときに
「そない言うてもアンタ
お兄さんと同じことをしてますやんw」
とツッコミを入れることはしませんでした。
それについては、本当に、本当に
感謝しています(泣)
だって、もしあのとき
そんなことを言われたなら
あの大嫌いな兄貴と自分が同じだなんて
指摘されたなら
きっと私は自分を呪い殺したくなって
セッションの冒頭で握らされた
ナイフ(に見立てたマーカーペン)で
切腹を試みたにちがいありませんからw
(死ねるかあっ!?)
まあ、トレーナーからの
ツッコミはなかったものの
セッションではちゃんと
現実の兄貴との統合が
用意されていたわけで^^;
さあ、セッションに戻りましょう☆
ここまでつらつらと書いてきましたが
こんなことには
当時の私は全く気づいておらず
ただ目の前で叫びながら逃げまどう兄貴に
どう近づこうかとオタオタするばかりで
それ以外の感情は
何も感じられませんでした。
周りで
たくさんの参加者さんたちが見ています。
参加者さんたちの席は
U字に並べられていました。
そのUの内側で
セッションが行なわれるんです。
私が最初に立っていたのはUの上のほう
そして、そこからどんどん
Uの下のカーブに向かって
歩いていました。
ところが兄貴(役の人)は、とうとう
U字のカーブにあたる部分の席を蹴散らして
Uの外に
(カーブが破壊されて「U」ではなく
「l l」になっていましたが)
脱走したのです!
U字のカーブに座っていた参加者さんたちが
席を失い、立ったまんまで群がり見守るなか
私は
「これってどないしたらええのん!?」
とパニックになりながら
兄貴(役の人)を追いかけます。
こういうセッションって
周りで見ている参加者さんたちも
いろんな感情が出てきます。
何を思ったのでしょう?
ある参加者さんが
「お兄ちゃんを行かせないっっ!」
と叫びながら
兄貴にタックルしてくれたおかげで
私は兄貴をつかまえることができました。
もはやプロレスの場外乱闘ですw
床に倒れてなおも暴れる兄貴に
ようやく私はハグすることができました。
ハグというよりもほとんど
上から覆いかぶさって
取り押さえたって感じでしたが^^;
兄貴はしばらく暴れていましたが
もう逃げられないと分かると
ぐったりして、力なく泣いていました。
ようやく落ち着いたころ
トレーナーにうながされ
私は兄貴を抱きかかえて
U字の中に
(もうUではなくなってますが。)
戻りました。
するとトレーナーは、私に
兄貴をみんなの前に差し出して
大声でこう言いなさい
と言ったのです
「これが、私の兄貴です。
みんな、愛してくれますか?」
兄貴というのは私にとっては
「これが家族です」なんて
誰にも見せたくないくらい
忌まわしくて恥ずかしい存在でした。
そして先ほど言ったように
兄貴という存在は
私の自己嫌悪のシンボルでした。
そんな兄貴をみんなの前にさらし
愛してもらうということは
私が
「こんな私は誰からも愛されない」
と嫌い、隠しつづけてきた自分を
みんなの前にさらし、愛してもらう
ということでもあります。
ということは先ほどの言葉は
「これが、ありのままの私です。
みんな、愛してくれますか?」
とも言い換えれませんか?
疲れと怖れと緊張で
喉がきゅっと締まるのを感じながら
それでも声をふりしぼり叫びました
「これが、私の兄貴です。
みんな、愛してくれますか?」
7、80人くらいいたでしょうか
これまで、セッションを見守ってくれていた
参加者さんたちが一斉に
私と兄貴のところへきて
みんなで抱きしめてくれたのです。
蹴散らされた、たくさんの椅子が散乱する
会場の真ん中で、大きな、大きな
人間の塊ができました。
そして、その真ん中で私は
ぐったりした兄貴を抱きかかえながら
なんともいえない温かさと安心感と
幸福感を感じていました。
こんな感じでセッションは
ようやく終わったのでした。
あのとき、なんにも解っていなかった私は
「これは兄貴を助けるための
兄貴を助けられる自分になるための
セッションなんだ」
って思っていました。
でも、こうやって見ていくと
私の中に長らく居座っていた
きつ~~~い自己嫌悪を癒やすための
セッションだったのですね。
まあ、だからと言って
セッションを受けたとたんに
兄貴が大好きになりましたとか
自己嫌悪がすっかりなくなりましたとか
そんなことはないんですけどね。
ただ、セッションを受けたことによって
「現実世界で似たようなことが起きたら
こんなふうにして乗り越えるんやで~☆」
という心のリハーサルというか
シャドーシューティングというか
そんなことを、自分の無意識に
させることができたようです。
実際このセッションで出てきたのと
似たような状況や感情、流れが
この後の現実世界で出てきて
私がそれらを乗り越えるのに
このときのリハーサルは
とても助けになった気がします。
このあたりについては
また今後のお話のなかで。。。
というわけで、まだまだ続きます☆↓
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